
こんにちは。「感じられる」すべてのものを心を込めて制作しているソランです。はじめはインスタ漫画という漫画の形式で、自分のなかの話を取り出しはじめました。いまはありがたいことに、カンヴァスの原画だけでなく陶芸や本の出版など、さまざまな方法で自分のかけらを解きほぐしています。
よく言う「ソランスロプタ(騒がしい)」のソランで合っています(笑)。筆名をつける前にはじめてつくった漫画本の題が〈ソランの記憶〉だったんです。文字どおり本当に騒がしく取り乱していた過去の記憶を綴った本でした。その後、活動名を何にしようか深く悩んでいたとき、ふとその本の題だった「ソラン」が自分の名前のように感じられて。自分のなかの騒がしさから目を背けず向き合うという約束のようでもあって、そう名づけました。
小学校から大学までオルタナティブ教育の学校に通いました。みんながやる教科書の勉強ではなく、自分でプロジェクトを企画し、農作業もし、人文学を学びました。一般の学校では簡単に経験できない活動をするなかで、ありがたいことに枠にはまらない自由な性格ができたのだと思います。
堤川のオルタナティブスクール時代、自ら事情を書いてバスケットコートを寄贈してもらった。もちろんいつも良かったわけではありません。つらく痛い時間もずいぶんありました。でもその長いトンネルを抜けて気づいたことがあります。「ああ、私は自分のものを直接つくってこそ、自分のことをしてこそ幸せな人間なのだ」という、自分なりの定義です。そしてその「自分のもの」が絵だという確信が完全に定まったとき、迷いなく学校を中退しました。本当に愛せることを見つけること、学校で学べるのはそこまでだと思ったからです。
漫画が本当に好きなので、漫画から着想を得てその場面をカンヴァスへ移します。いくつものコマをひとつの作品のなかに溶け込ませようとしています。
なにより私の作品はすべて、実際に経験したことをもとにしています。きわめて個人的な話ですが、逆説的にそのおかげで多くの読者が「自分の話のようだ」と深く共感し、慰めを得てくださるのではないかと思います。これまでは主に白黒でしたが、最近は自分の色を失わない範囲で、慎重に色をのせる新しい試みもしています。
学生時代、本当に信じていた友人に一夜にして裏切られました。その後は継続的な差別といじめが続きました。そのとき心に残った深い傷のため、いまも8年目の精神科治療を受けています。
どうもがいても良くならない苦痛をじっと見つめながら、「自分の手でこの痛みを見つめ、整理したい」という切実さから絵を描きはじめました。その苦痛の記録が集まって、いまの私をつくりました。
制作を続けるうちに、むしろ自分をもう少し客観的に見られるようになりましたし、なにより私の心に共感し応援を送ってくださる大切な読者に出会うことができました。私にとって絵は、とくに「ソラン」という名で描く作品は、自分の人生を安全にあたたかく守ってくれる唯一の囲いです。
自分がいちばんできる「絵」と「文」が合わさった完璧なジャンルが漫画だと思っていました。幼い頃から紙を折ってコマを割って描くのが好きでした。SNSを通して漫画を見てくださる方が少しずつ増えたのですが、読者の方が書いてくださったコメントには忘れられない言葉が多くありました。私の作品が「生きていく力をくれる」「単なる慰めを越えて、この痛い感情をどう扱えばいいのか方法を教えてくれるようだ」と。
そのあたたかな文章を読むうちに、読者の方に実際に会いたくてたまらなくなりました。顔を合わせて長く語り合える場所はどこだろうと考えて思いついたのが「展示空間」でした。そうして今年1月、望遠で最初の個展を開きました。
それぞれが感じる曖昧な感情についての展覧会でしたが、わずか6日間で300人を超える方が来てくださいました。私の描いた作品を愛してくれる人たちと直に向き合い、目を合わせて言葉を交わすことは……オンラインでは絶対に感じられない、次元の違う喜びでした。展示の準備で夜通し苦しんだ記憶が、雪が溶けるように一気に消えていく、魔法のような瞬間でした。
はい。2025年には最初の漫画本であり独立出版物である〈ソランの記憶〉を世に出しました。テンブルバグのファンディングを通して読者の助けを得て、自分でデザインと編集をして出した、私にとっては子どものような本です。
そして今年、率直な話を綴った正式なエッセイ〈ついに自分を救えなかった日々〉が出ました。文と絵が交互に来る形式で、もっともつらかった苦痛の始まりから、その痛みを自分で抱きしめられる強さを得た現在の話まで、とても率直に押し込めるように綴りました。
ありがたいことにSUE GALLERYの館長が私の作品とSNSをご覧になって個展を提案してくださいました。お話をいただいてから、今回はどんな話をすべきかずいぶん考えはじめました。
1月の最初の展覧会が「憂鬱、不安、孤独」といった冷たい感情を扱ったとすれば、本展は人生のなかで見つけた「愛」を示し、分かち合う展覧会になります。苦痛と挫折の只中に立っていたとき、逆説的に私を息づかせてくれたさまざまなかたちの愛を表したかったのです。
私の思う愛は、ただ甘く前向きなだけのものではありません。かといって否定的なものでもない。愛は決してひとつのかたちには定義できないんです。だから今回の作品を準備しながら、私自身も複雑で深い感情を抱きました。数えきれない逡巡の末に仕上がった作品ですから、来場者の方にも展示空間という完全な場所で、作品と深く向き合っていただけたらと思います。
これからも、人が簡単に表せない心の奥の感情を描き続けたいと思っています。憂鬱や不安のように「否定的」とされがちな感情を、あえて隠したり消したりしなければならないとは思いません。
むしろその痛み揺れた痕跡こそが、のちにそれぞれの人生を支えるもっとも確かで大切なかけらになるはずですから。自分の痛みを率直に表すのに、もはや大きな「勇気」が要らない世界が来てほしいと思います。痛いときに痛いと気軽に言える、そんな世界です。その小さな変化の始まりに、私の作品がほんの少しでもやさしい力になれたら、作家としてこの上なく幸せです。
ソラン個展〈愛と染みいる息〉
2026.5.30 ~6,11
10:30 – 18:30
SUE GALLERY:ソウル特別市 中区 南山洞2街 24-9
お問い合わせ:+82-10-3016-5140